LA QUINTA CAMERA ラ・クインタ・カーメラ〜5番目の部屋〜(オノ・ナツメ)/関係性の快楽
2007/12/08 [土] 00:47

人と関わるということは、重い。はっきり言ってわずらわしいことだと思う。それでも関わり続けてしまうのはそこに、何かがあるからだろう。様々な、感情とも言えないニュアンスの塊のようなもの。感るといことはそれがたとえつらく、絶望的なものであっても、快楽に違いない。ドラッグのようにやみつきになる。だから何も感じない、何も思わなくなる、つまり死ぬことは恐怖だ。テレビの電源をプツンと切るように、そこでおしまい。それは世界の終わりだ。新たな情報が入ることはなく自分のフィルターを経て作っていた世界がなくなる。その喪失感を想像するのは恐ろしい。自殺というのは思考の自殺だと言うけれど、まさにその通りだと思う。本当に何も考えたくない、感じたくないというときに人は自らの死を選ぶのかもしれない。ただ私はそれでも、何かを感じていたい。何もないっていうのは恐ろしいことだ。
ってなんか話が重たい方向に逸れたけれど。「LA QUINTA CAMERA/ラ・クインタ・カーメラ/5番目の部屋」(オノ・ナツメ)の書評・感想に行きます。
人との関わりの中で味わう様々な感情、思い。それらは人生に必要不可欠な快楽だ。そして人と関わることはちょっと重たい。責任が必ず伴うからだ、一対一の関係において。けれどその重み、わずらわしさは心の媚薬になる。吉田秋生の『河よりも長くゆるやかに』の中で「おまえ、言ったろ。人間の重みって気持ちいいって」という台詞があるが、そんな感じだ。そこでは人間の体の重みの事を言っているのだけど、肉体の重み含めて人間の重みは気持ちいい。時には一人きりの無責任さを恋しく思うが、そのうちわずらわしさの快楽が欲しくなる。わがままだけど、人間てそういうものだと思う。
共同生活を送る個性豊かな4人の独身男性と、あまった“5番目の部屋”にかわるがわる下宿する留学生との人間模様を描いた連作短編集だ。べたべたとした友情ではなく、彼らはそれぞれちゃんと距離を保ちながら、それでも一緒に生活する。時間を共有するということ。仲間がいるということの安心感を初めて味わった気持を思い出す。そこにはまさにニュアンスがある。
オノ・ナツメさんの絵はシンプルでいながらあたたかみがあって作風と絵柄がとてもマッチしていると思う。特徴的なのはぐるりとした大きな目。他者と向き合うときのまなざし、一人佇むときの茫洋としたまなざし。そういう視線が印象的で物語に深みと独特の間を与えている。その間にニュアンスを込めて読者は読める。
最終的に4人のシェアは解消することになるのだけど、その時のマッシモ(部屋の持ち主)の後ろ髪の引かれっぷりがいい。責任感じちゃって。さみしいけれど最後のみんなの笑顔にほっこりする。読んで損はない、あたたかい気持になれる冬にぴったりの一冊です。
settantanove orsi(オノ・ナツメ公式サイト)
LA QUINTA CAMERA~5番目の部屋 (IKKI COMICS)