2008/03/10 [月] 20:05

出版社 / 著者からの内容紹介
娘の緑子を連れて豊胸手術のために大阪から上京してきた姉の巻子を迎えるわたし。その三日間に痛快に展開される身体と言葉の交錯!
「乳と卵」英語に誤訳すると「milk and egg」となんだか美味しそう、お菓子みたいなタイトルだが、 「ちちとらん」である。
だらだらっと、複文の連続の冗長な大阪弁まじりの文体だが、この物語を語るに、これ以外はありえないと思わせる適切な文体だ。山田詠美氏の
「饒舌に語りながら無駄口は叩いていない。容れ物としての女性の体の中に調合された感情を描いて、滑稽にして哀切。」との評が秀逸。
まさに、容れ物、だと思う。「乳と卵」というのは、つまり「母と子」とも読める。母親の胎内にいる娘の中にまたいる生のもと、卵。この永遠に続く入れ子構造を思うと、確かに緑子のように、厭、と感じる。「生まれる」がまたおるん。なんでお母さんは私をうんだん。それはお母さんの責任やろ。でもお母さんが生まれたのはお母さんの責任じゃないんだ。というようなことをえんえんと、考え続ける。
子供の頃、母親に初潮が来たことを言えなくて、何ヶ月か隠していたことを思い出した。なんだか怒られそうな気がしたのだ。女になったと見られることが、母にお前も私(女)の仲間(あるいは敵)とみなされるようで怖くて仕方なかった。別に怒られるわけないのに。
女性の性、というより生理を描いた表現が多々あるが、生々しさより即物的な乾きとユーモアがある。じーっと手をみていると、なんでこんな変な形しているのか、ゲシュタルト崩壊ようなあの感じ。
結局、人間はこの体に閉じこめられてどこへ行くこともできない。この寂しさは。哀しさは。
茫洋とした気分で読み終えた。
*しかし未映子さんというと、ミュージシャンの印象が強い。悲しみを撃つ手、今聞いてます。市川さんとのポッドキャストおもろかったわあ。あの声とテンポで本作を読むと、なお関西圏以外の人にはいいかも。彼女はきっと書き続ける作家になるでしょう。芥川賞作家でも一発屋で消えていく人が多い中。芥川賞の本来の機能、新人の発掘を果たした良い回かもね。
TB:
本を読む女。改訂版 | 「乳と卵」川上未映子