文壇の今と昔 作家のジェネレーション/新潮4月号対話山田詠美+島田雅彦

2008/03/17 [月] 23:07 このエントリーを含むはてなブックマーク Yahoo!ブックマークに登録
新潮 2008年 04月号 [雑誌]新潮 2008年 04月号 [雑誌]
新潮 2008年 04月号 山田詠美+島田雅彦 対談「鎮魂と教育」
・間にあった最後の世代として
・作家は書き尽くしたら死ぬ?
・誰に何を教わったか
・「作家の嫌な汁」
・先人の知恵から「恥」を学ぶ

大分前に買って読んだものをいまさら書く。
私が知っている限りでも3回は対談している、仲良しコンビのお二人。作品世界は違えど、嫌いなものは共有しているから気が合うらしい(村上春樹とか)
山田:お互い若くしてデビューしたから、いわゆる昭和の文豪に会えた最後の世代なんだよね。ふたりで飲んでる時に、じゃあいっそ彼ら彼女らのお墓参りしながら対談して故人を偲ぶなんていいんじゃない?そりゃあいい!と盛り上がって、即編集長に電話。でも、一晩寝て起きたらなんでいいと思ったんだろう?って。やだね。酔っぱらいって(笑)
島田:僕も忘れていた(笑)編集長だけが覚えていたので、物故作家の霊が出るとまことしやかに囁かれる新潮クラブ(新潮社の著者用宿泊施設)で思い出に残る文豪たちについて語り合うことになった次第です。


酒の席の電話一本で新潮本誌の掲載が決まるとは、流石です。
お二人の語る文豪達の笑える話から、文学的な教示までエピソード満載で読み応えあります。
中上健次氏の生霊?が出た噂とか、島田さんがNY滞在中に中上氏が突然現れて「お前、ヤク買ってこい」とパシリ扱いされたり。詠美さんは、色川武大氏(阿佐田哲也)に初対面の時、仲間と一緒にご自宅に泊めてもらったりとか、文壇のすごい人達、教科書に出てくる人達との交流の数々。


詠美さんと水上勉氏のエピソードが、作家の色気に溢れていて素敵。
山の上ホテルのバーでばったり会って、水上さんに「作家の部家を見てみるかい」と誘われ部家に招き入れられる詠美さん。畳部屋一面にびっしり埋め尽くされた原稿用紙に圧倒され涙ぐむ彼女に水上氏は、肩に手をかけ「かわいらしいな」とささやく。
山田:私は、小説作法について語ることが、口説き文句になるのを初めて知りましたよ。
山田:小説家は助平であるべきだし、褒め言葉だと思っているけど、水上さんは天下一品だった。山の上ホテルの部屋に行った時も若かったからなあ。今なら・・・。
島田:やっちゃう?
山田:いいかも・・・じゃなくてさ、作家の悪徳を伝授されるんですよ(笑)

なんて文学臭くてロマンチックなお話だろう。水上氏は70歳を越えていたときである。こんな話を読むと、「ええ話を聞いたわ」と思う。


島田さん山田さん、両作家にとって江藤淳と中上健次の存在は重要なようだ。江藤氏には喧嘩の作法を教わったというお二人。
島田:中上さんは自分のビヘイビアを持った人で、江藤さんはそれをマニュアルにして提出した。弟子の福田和也なんかはそれを受け継いでいるとおもうよ。それはつまりスキャンダラスな任務を覚悟し、それを全うしているか、その勇気がある批評家かどうかとということ。しかもそれは居酒屋でなじゃなく、大きいメディアで公に言語化する責任を負わなくてはならない。(中略)昔は小説を大局的に捉えて様々な現象とリンクさせて、文明論的に展開させていく文芸時評というものがあった。批評に欠かせない役割は二つあって、一つは埋もれたチャーミングな作品を世に出すこと、もう一つはジャーナリスティックな視点で語ることだと思うんだけど、仲良しグループで同人批評誌を作るのは、少なくともジャーナリスティックな視点というのは持ち辛いんじゃないかな。
山田:小説家の中のあまりある何かを言語化してメディアとの間に入ってくれる批評が出来る人が少ないよね。

なるほど、それが作家と批評家の違いか、ビヘイビアとマニュアル。
文学に盛り上がりがないとか消極的な批評や寂しいものが多いのは確か。山田さんはそんなマイナス思考でどうする!と言いたいのかもしれません。島田氏は誰のことを言っているのか、礼儀のない批評家・・・例えば人の本名勝手にばらしたり・・・おっとややこしいので書かないでおこう。


倉橋由美子や星新一といった、文壇とは一線を置いていた作家の名前も登場する。SFやミステリーは純文学より一番下に見られていたと恨み辛みを語られていたという星新一氏。ジャンルの不幸をかぶって、一部のカルト的な人気にとどまった不遇の作家達。


そして最後は山田さんが繰り返し仰っている「すでに書かれているかもしれないと謙虚になること」について。
山田:若い人が書いたもののなかでも、既に2世代、3世代前に書かれていることも知らずに、発明したかのように得意になって書いているものを読むと、恥ずかしいな、バカだなと思う。
先人がとんでもないことを書いてきたということは知らなきゃいけない。恥は、先人の知恵からしか学べない。
島田:僕らが一匹狼でやってきたように見えても、実は沢山の師匠がいるようにね。

「今時、文壇なんて」と思われるかもしれないが、確かに文壇と呼ばれるものがあって、そこから馴れ合いではなく作家同士のぶつかり合い、ケミストリーが生まれる。そういう文学的な出会いがあるのとないのでは、大違いだろう。山田さんが決して文壇の悪口を言わないのは、デビュー当時マスコミにセンセーショナルに取り上げられていた頃、そんな偏見とは関係なく作品の価値だけで認められ守られたという恩義があるからだという。今の若い世代は権威じみた文壇や、芥川賞の選考委員にいる一部の年輩の作家を老害と思っているのかも知れないけれど、彼らの若い頃の作品の凄さや価値を知らないで、現状だけで語っているとしたら、それこそ「恥」なのかもしれない。いつの時代も下の世代は上の世代に反発し、破壊し克服していくものだが、戦うときには相手の戦歴を知るべきだろう。

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