『聖少女』 倉橋由美子
| 聖少女 改版 (新潮文庫 く 4-9) | |
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聖少女に会ったことがあるだろうか。ギリシア神話をモチーフに、完全なる現代の寓話を倉橋由美子は書いた。寓話や神話の世界の中だけのもので、この世のものとは思えないけれど、実際のところ、聖少女は存在する。存在論的な意味ではなく、存在的な意味に於いて。
倉橋由美子さんと言えば、サブカルの世界では神様みたいな方で、カルト的な人気を誇っているが、最近までは絶版になっている著作が多く、『大人のための残酷童話』しか読んだことはなかった。2005年に亡くなられから、一部雑誌で特集が組まれたり、再び見直されて来ているようだ。今年の2月にはこの『聖少女』が新潮文庫から復刊された。
すでに散々言われていることだが、本作は現代の女性作家、江國香織、小川洋子、川上弘美、桜庭一樹(あるいは河野多恵子さんや山田詠美も入るだろう)など、ある種の作家のある種の小説の系統樹を辿るとこの作品に行き着く。解説の桜庭一樹さんは、『私の男』を書くときや、この解説文を書かれるとき、ひどく緊張されたのではないだろうか。偉大な先人を前にして。
帯の印象的な引用で引きつけられた人も多いことだろう。
なぜ、だれのために?パパのために、
そしてパパをあいしたためにです。もちろん。」
―「未紀のノート」はこうしてはじまった
そして圧倒的に完璧で、美しく、今読んでも全然古びないばかりか、そのフォロワーたちの作品を凌駕している程だ。独特のカタカナやひらがなの使い方や傍線などは、メタな視点というか、批評性の表れだ。この洒落たセンス。お洒落すぎると、嫌味だったり軽薄に映る場合もあるが、倉橋由美子さんのお洒落はシニカルで自覚的だ。
この作品を読むと、倉橋さんの諧謔というか、シニカルなユーモアが感じられる。端から見ると、この小説に出てくる若者たちは皆、頭でっかちで、かっこつけすぎであり、ちょっと勘違いしてない?と言いたくなる奴ばかりだ。ひとかどの人物になりたいのにまだ何ものでもない焦燥と不安。ただ彼らはそうした自分の弱みを自覚していおり、小説的人物としてもちろん優れている。
倉橋さんは、文壇に染まることなく、頭でっかちの男どもが、不毛な議論のための議論を重ねているのを横目に、さらっとこんなかっこいい小説を書かれたのだろう。颯爽として美しい人だったにちがいない。
ところで読みながら、あれれと。三島由紀夫の『音楽』と少し似ているなあ思った。同じく「近親相姦」をテーマにした作品なので当然だが。Kが「冷感症」という言葉を使ったのでどきっとした。『音楽』が前年の1964年で、『聖少女』が1965年か。ほぼ同時期だから影響はないのだろうね。ただ、この未紀の天才的な嘘つきっぷりとテキスト(ノート)によって物語が進むところ、治療していくという筋が、『音楽』の麗子の悪魔的な物語と重なる。また『音楽』も読み返してみようかな。ああでもレビューしてない既読本がたまってるなあ。。。まあ、そのうち。














