人間的であるということ

2007/09/17 [月] 09:37 このエントリーを含むはてなブックマーク
youtubeからいくつか。
Green Grass Of Tunnel Múm, 
There Is a Number of Small Things Múm
Niji-Zou (Rainbow-Elephant) : Rei Harakami
yanokami (矢野顕子 × レイ・ハラカミ)
Night Train Home -yanokami version- 
気球にのって 
Perpetuum Mobile PENGUIN CAFE ORCHESTRA -tribute- 高木正勝
 (カバーはなかったのでオリジナルの方です)
Penguin Cafe Single 蓮実重臣
girls 高木正勝(公文のCMの曲)
Bloomy Girls
高木正勝


まあるい音の粒・・・というイメージで聴く曲たちです。エレクトロニカも多いのですが、電子音て、暖かい音に聞えます。人の知を総動員して詰め込んだ電子技術は、とても、人間的だと思うのです。こういうことを考えていると森博嗣さんの小説の言葉を思い出しました。

「十万桁まで計算されたパイに人間性がないというのですか? 人間以外に誰がします?」(『笑わない数学者』)


犀川先生なら、どう答えられますか?」国枝桃子が無表情で尋ねた。「学生が、数学は何の役に立つのか、ときいてきたら」
「何の役に立たなくちゃあいけないのかって、きき返す」犀川はすぐに答えた。「だいたい、役に立たないものの方が楽しいじゃないか。音楽だって、芸術だって、何の役にも立たない。最も役に立たないということが、数学が一番人間的で純粋な学問である証拠です。人間だけが役に立たないということを考えるんですからね」
(『冷たい密室と博士たち』)

森博嗣さんというと、硬質な理系作家というイメージがありますが、こういった鋭いアフォリズムに溢れていて、詩的で素敵な言葉を紡がれる方です。
この箴言というか、役立つ着想発想、切れのいいシャープな思想こそが森作品の醍醐味。


人間的であるというのは、一般に明るくておしゃべりで気さくな人のイメージがありますが、実際そうでもないんじゃないか、それにあてはまらないこともあると思うのです。


森作品の登場人物は大抵そうですが、(西之園萌絵だって本質的には寡黙だ)スカイ・クロラシリーズの人達も無口です。寡黙です。
無口なのは、言葉を選び、躊躇するからこそ、無口なのであってそれはとても人間的なように思えます。


躊躇するということ、逡巡すること。人間らしさってそういうとこにある気がします。


森作品はよく、人間が描けていないだの、動機が不明瞭だのと、批判されますが、私からするとなんだかピントがずれてるなあと思われます。もっと文壇からも評価されていいとおもうんですが。。。まあそれはミステリというジャンルやレーベルの問題もあるんでしょうね。





森博嗣  |  この記事のurl  | コメント(0)  |  トラックバック(0)  | 編集
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