『存在の耐えられない軽さ』 ミラン・クンデラ

2007/10/13 [土] 00:45 このエントリーを含むはてなブックマーク Yahoo!ブックマークに登録
『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ
以前付き合っていた年上の恋人から、ある日突然もらった。何かの記念日だったという訳ではなかったと思う。彼は文学を教える先生だったから、本の話をしていてなにかおすすめをということだったのだろう。今でもその時のことはありありと思い出すことができる。川沿いの小料理屋の{二階で、そのハードカバーを渡された。私にとっては大人のデートで少し緊張していた。彼はこの小説に出てくるテレザという女性がとても魅力的だという話をしていた。余計な話を書いてしまった。そんな昔話は、どうでもいい話、まさに「軽い」こと。


「永劫回帰という考えは秘密に包まれていて、ニーチェはその考えで、自分以外の哲学者を困惑させた」

という奇妙な書き出しで始まるこの小説は、哲学書のようでもあり、冷戦構造の中で揺れたチェコの歴史物でもあり、そして恋愛小説でもある。誰の人生も一度きりで、二度と繰り返されることはない。その刹那が軽さなのか。


われわれの人生の一瞬一瞬が限りなく繰り返されるのであれば、われわれは十字架 の上のキリストのように永遠というものに釘付けされていることになる。このような想像は恐ろしい。永劫回帰の世界ではわれわれの一つ一つの動きに耐えがた い責任の重さがある。これがニーチェが永劫回帰という考えを『もっとも重い荷物』と呼んだ理由である。もし永劫回帰が最大の重荷であるとすれば、われわれの人生というものはその状況の下では素晴らしい『軽さ』として現れうるのである。一度だけおこることは、一度もおこらなかったようなものだ。人がただ一つの人生を生きうるとすれば、それはまったく生きなかったようなものなのである。



この辺のくだりがとても好きだ。何度も読んで噛み締めたくなる。
この意味が解った、という瞬間がある。けれど、そのつかんだ理解のしっぽは、するりとまた逃げていく。そんな不如意の繰り返しを味わうために、また読み返す。


原題の英訳は「THE UNBEARABLE LIGHTNESS OF BEING」とのことなので「存在というものが耐えられないほど軽い」という意味でしょう。
(名詞構文ですね、直訳的にすると耐えられない存在の軽さ、か)
一見、存在できないほどの軽さ、という風に誤解を生みそうなタイトルですが、読点を入れるとわかりやすくなると思います。「存在の耐えられない、軽さ」ではなく「存在の、耐えられない軽さ」なんですね。ただタイトルの響きやシャープさを考えると、わかりやすさよりセンスを優先したんでしょうか。秋の夜に気楽に読むにはちょっと難解でしんどいかもしれませんが、物語に入ってしまえば楽しめると思います。
哲学と思索にふける、贅沢な小説です。
存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)






 



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>Muss es sein?
>Es muss sein!
>Es muss sein!
「そうでなければならないのか?... »
from バックドロップキックス 2008.07.02 [Wed]

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