とても胸が痛くなる場面がある。
「もしかして、博士がちゃんと手当してくれなかったのを怒っているの?」
「違う」
ルートは私を見据え、泣いているとは思えない落ち着いた口調で言った。
「ママが博士を信用しなかったからだよ。博士に僕の世話はまかせられないんじゃないかって、少しでも疑ったことが許せないんだ」
ここでは私は完全に子供のルートに同調して、いたたまれず泣いてしまう。
自分の大切な人が侮られたり、傷つけられたときの悔しさ。
親に友達を悪く言われたときのような。
そしてこのあとさらに3人の絆は深まっていく。
小川洋子さんの作品の魅力に、透明で硬質な悪意、というものがあると思う。「妊娠カレンダー」や、『薬指の標本』『ホテル・アイリス』などで顕著だ。緊迫した濃密な世界。ちょっと危険な香りがする。『博士の愛した数式』でもところどころそういう要素は見られるが、本作ではそれをうまく暖かい優しみで包み込んでいる感じだ。
小川洋子さんがこの本で一気にブレイクした一因かもしれない。それまでもディープなファンには人気だったが、一般受けもしたという点で。
この『博士の愛した数式』(小川洋子)の参考文献としてが挙げられている『フェルマーの最終定理』(サイモン シン)、これも名著。おすすめです。
TB:
夏休みの諸相(12)読書感想文・定番集4/小川洋子『博士の愛した数式』
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