シンプルな情熱 アニー・エルノー

2007/10/16 [火] 18:48 このエントリーを含むはてなブックマーク Yahoo!ブックマークに登録
男の人からプレゼントされた本として、ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』を挙げたが、今回は男性にプレゼントした本。アニー・エルノーの『シンプルな情熱』。これをあげたのは今から思うとかなり痛いが、まあ10代だったので若気の至りだったということにしよう。


恋に落ちる。よくある陳腐な出来事だ。だけど、恋に落ちると、どうしてこんなに格好悪いのだろう。普段は冷静で常識のある人間として振る舞っているのに愚かな自分をさらけ出してしまう。常軌を逸す、という瞬間がある。会っている間はむしろ冷静なのに、会えない時間に感情が発酵していく。「ああやばいな」とスイッチ入る瞬間を自覚する冷静な自分がいながら、冷静ではいられない自分が出てきてしまう。焦げ付きそうで苦しいけれど、どこかでカタルシスも感じている。苦しい、切ないという感情にはどこか爽快な快楽が伴う。そういった感情をこの本を読むと思い出す。というより感情が立ち上ってくる、感じだ。

 
山田詠美さんがアニー・エルノーの「シンプルな情熱」を評してこう語られている。
 「医師が感情というものの処方箋(しょほうせん)を作ったらこうなるというくらい、正確な書き方だ」


自分の感情に適切な言葉を与えてもらってようやく救われるということがあると思う。センチメンタルな湿り気のある文章ではなく、「極限まで無駄を省いた」「禁欲的な」文体で書かれている。またこの作品は著者の「書く」という行為に対する洞察も伺える。最後にその印象的な文章を引用しておく。
私には思えた。ものを書く行為は、まさにこれ、性行為のシーンから受けるこの感じ、この不安とこの驚愕、つまり、道徳的判断が一時宙づりになるようなひとつの状態へ向かうべきなのだろうと。(P.9ハヤカワepi文庫)

シンプルな情熱 (ハヤカワepi文庫)あらすじ(「BOOK」データベースより)
「昨年の九月以降わたしは、ある男性を待つこと―彼が電話をかけてくるのを、そして家へ訪ねてくるのを待つこと以外何ひとつしなくなった」離婚後独身でパ リに暮らす女性教師が、妻子ある若い東欧の外交官と不倫の関係に。彼だけのことを思い、逢えばどこでも熱く抱擁する。その情熱はロマンチシズムからはほど 遠い、激しく単純で肉体的なものだった。自分自身の体験を赤裸々に語り、大反響を呼んだ、衝撃の問題作。


 『存在の耐えられない軽さ』 ミラン・クンデラ

2007/10/13 [土] 00:45 このエントリーを含むはてなブックマーク Yahoo!ブックマークに登録
『存在の耐えられない軽さ』ミラン・クンデラ
以前付き合っていた年上の恋人から、ある日突然もらった。何かの記念日だったという訳ではなかったと思う。彼は文学を教える先生だったから、本の話をしていてなにかおすすめをということだったのだろう。今でもその時のことはありありと思い出すことができる。川沿いの小料理屋の{二階で、そのハードカバーを渡された。私にとっては大人のデートで少し緊張していた。彼はこの小説に出てくるテレザという女性がとても魅力的だという話をしていた。余計な話を書いてしまった。そんな昔話は、どうでもいい話、まさに「軽い」こと。


「永劫回帰という考えは秘密に包まれていて、ニーチェはその考えで、自分以外の哲学者を困惑させた」

という奇妙な書き出しで始まるこの小説は、哲学書のようでもあり、冷戦構造の中で揺れたチェコの歴史物でもあり、そして恋愛小説でもある。誰の人生も一度きりで、二度と繰り返されることはない。その刹那が軽さなのか。


われわれの人生の一瞬一瞬が限りなく繰り返されるのであれば、われわれは十字架 の上のキリストのように永遠というものに釘付けされていることになる。このような想像は恐ろしい。永劫回帰の世界ではわれわれの一つ一つの動きに耐えがた い責任の重さがある。これがニーチェが永劫回帰という考えを『もっとも重い荷物』と呼んだ理由である。もし永劫回帰が最大の重荷であるとすれば、われわれの人生というものはその状況の下では素晴らしい『軽さ』として現れうるのである。一度だけおこることは、一度もおこらなかったようなものだ。人がただ一つの人生を生きうるとすれば、それはまったく生きなかったようなものなのである。



この辺のくだりがとても好きだ。何度も読んで噛み締めたくなる。
この意味が解った、という瞬間がある。けれど、そのつかんだ理解のしっぽは、するりとまた逃げていく。そんな不如意の繰り返しを味わうために、また読み返す。


原題の英訳は「THE UNBEARABLE LIGHTNESS OF BEING」とのことなので「存在というものが耐えられないほど軽い」という意味でしょう。
(名詞構文ですね、直訳的にすると耐えられない存在の軽さ、か)
一見、存在できないほどの軽さ、という風に誤解を生みそうなタイトルですが、読点を入れるとわかりやすくなると思います。「存在の耐えられない、軽さ」ではなく「存在の、耐えられない軽さ」なんですね。ただタイトルの響きやシャープさを考えると、わかりやすさよりセンスを優先したんでしょうか。秋の夜に気楽に読むにはちょっと難解でしんどいかもしれませんが、物語に入ってしまえば楽しめると思います。
哲学と思索にふける、贅沢な小説です。
存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)






 



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