『夜を着る』井上荒野/逃げるということ
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この本があれば、私もあの旅の帰り道、救われていたのかもしれない。胸をえぐられるような痛みが美しい短編集。
例えばあの、旅とも言えない小さな旅―。新幹線の中で私は期待と不安で混ぜこぜになっていた。男から実家に帰省しているから来ないかと誘われ、そこへ向かっていたのだった。彼女のいる人だった。自分達の事を誰も知らない地元なら、気兼ねなく会えるという訳だ。
駅の改札口を抜けて少し歩くと、不安そうな顔で待っていた彼の姿が見えた。
「来なかったらどうしようかと思った」
それはこっちの台詞だと、曖昧に笑う。約束なんて信用できない関係。それから彼が何を言うのか、どこへ行こうとしているのか分かっていたが、あまり深く考えず楽しむ事にした。私たちの間にはそれしか確たるものはないのだから。
事の数時間後、彼の地元を案内してもらったり、一つ下の彼の同級生達に「彼女として」紹介されたり、楽しいのか寂しいのかよくわからない騒々しい時間を過ごした。
翌日、じゃあまたと別れ、これから再び他人のそぶりで過ごす日々を思うと絶望した。この胸にあいた穴はなんだろう。こんな思いをするくらいなら来なきゃよかった。どんなに残酷なことをしたのかあいつはわかっているのだろうか。ほんとは、来るまでこわくてこわくてしょうがなかった。行ったら、もう自分がだめになる気がして。でも、のこのこ喜んで行った私が馬鹿なのだ。ただそれだけ―。
本当にしょうもないことを思い出してしまった。「アナーキー」の真明並に最低な男だった。私も彩並に身勝手だが。ただ、あの帰りの電車の中でこの本があればきっと私を慰めてくれただろうと、今は懐かしく思い出す。
人生から逃げることはできるのか。いつだって逃げられるという楽観と、結局はどこへも逃げられないという悲観が、渦巻いている。
けれど一番の気楽な旅は、読書じゃないかと気がついて、逃げ道を確保できたと安堵するのだった。
*この『夜を着る』を読んで、井上荒野さんはすぐに直木賞を取るべきだと確信した。こんなに力のある作家に賞をあげないで、どうする。という感じ。十分人気作家なのだけれど、もっとメジャーになるべき。そのための直木賞なのだから。次回の夏の選考にはノミネートされると思うけれど。ああ、田辺聖子さんがいらしたらきっと推してくれるだろうになあ。ま、版元も文藝春秋ですし、タイミング的に編集者も狙っているだろうから期待できそう。
TB:夜を着る 井上荒野-かみさまの贈りもの〜読書日記〜
まっしろな気持ち: 夜を着る
駅の改札口を抜けて少し歩くと、不安そうな顔で待っていた彼の姿が見えた。
「来なかったらどうしようかと思った」
それはこっちの台詞だと、曖昧に笑う。約束なんて信用できない関係。それから彼が何を言うのか、どこへ行こうとしているのか分かっていたが、あまり深く考えず楽しむ事にした。私たちの間にはそれしか確たるものはないのだから。
事の数時間後、彼の地元を案内してもらったり、一つ下の彼の同級生達に「彼女として」紹介されたり、楽しいのか寂しいのかよくわからない騒々しい時間を過ごした。
翌日、じゃあまたと別れ、これから再び他人のそぶりで過ごす日々を思うと絶望した。この胸にあいた穴はなんだろう。こんな思いをするくらいなら来なきゃよかった。どんなに残酷なことをしたのかあいつはわかっているのだろうか。ほんとは、来るまでこわくてこわくてしょうがなかった。行ったら、もう自分がだめになる気がして。でも、のこのこ喜んで行った私が馬鹿なのだ。ただそれだけ―。
本当にしょうもないことを思い出してしまった。「アナーキー」の真明並に最低な男だった。私も彩並に身勝手だが。ただ、あの帰りの電車の中でこの本があればきっと私を慰めてくれただろうと、今は懐かしく思い出す。
『夜を着る』は旅にまつわる短編8篇を集めたものだ。旅といっても、この本の中で描かれるのは、観光旅行や長期のものではなく、もっと突発的で小さな旅が多い。
世界からはぐれてしまった人たち。
皆、日常に倦んでいて、そこから一旦逃げ出してしまったものの、結局は帰ることになるとわかっている人たち。
どこかにではなくて、今自分がいる場所にしか自分の「居場所」なんてないのだ。
この本に出てくる人々は、世界に対する絶望と、それでもその平穏を保つ冷静さを持ち合わせている。心のどこかで「帰らなくてはいけない」と理解してるからだろう。それすらも、絶望ではあるが。
8篇の中で、私のおすすめは、「映画的な子供」と「ヒッチハイク」「三日前の死」である。特に「映画的な子供」はお気に入りだ。初めて「サボリ」を覚えた頃のことを思い出す。それまで学校をさぼるなんて発想もなかった頃。さぼり方も知らず、途方なく所在のなく延々と歩く靴の裏の感触がよみがえる。それから、高二、高三、大学生にもなると、さぼりなんてただの日常になるんだけどね・・・。
そして、終盤の公園のシーン。奇妙な冷静さでもって、石坂君をさらりとかわすしぐれは小気味良い。少女の残酷さと傲慢が、美しい。机の前に貼られた一葉の写真は「映画的な子供」を無言のまま見せつけるのだろう。
人生から逃げることはできるのか。いつだって逃げられるという楽観と、結局はどこへも逃げられないという悲観が、渦巻いている。
けれど一番の気楽な旅は、読書じゃないかと気がついて、逃げ道を確保できたと安堵するのだった。
*この『夜を着る』を読んで、井上荒野さんはすぐに直木賞を取るべきだと確信した。こんなに力のある作家に賞をあげないで、どうする。という感じ。十分人気作家なのだけれど、もっとメジャーになるべき。そのための直木賞なのだから。次回の夏の選考にはノミネートされると思うけれど。ああ、田辺聖子さんがいらしたらきっと推してくれるだろうになあ。ま、版元も文藝春秋ですし、タイミング的に編集者も狙っているだろうから期待できそう。
TB:夜を着る 井上荒野-かみさまの贈りもの〜読書日記〜
まっしろな気持ち: 夜を着る















