ナ・バ・テア(None But Air) 森博嗣
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ナ・バ・テア(None But Air)
周りには空気しかない。何もない。空の底で生き、戦う「僕」は、空でしか笑えない-。
『スカイ・クロラ』シリーズの刊行順的には2作目。時系列的には1作目。一番古い年代の話だ。職業として戦う戦闘機乗りの子供たちの物語。
なんで戦っているとか、社会情勢・背景はほとんど描かれない。戦時中だが市街戦は行われず、戦闘は戦争法人に専門分化され任されている。戦争がパフォーマンスのようなものだ。キルドレと呼ばれる、永遠の子供たちが、生きるか死ぬかのぎりぎりの極限状態で、それでも美しく、飛ぶ。
地上は空の底であり、汚れたつまらない世界なのだ。その、潔さが、美しい。
主人公の「僕」は、新しい基地に転属され、そこで伝説の天才パイロット「ティーチャ」と出会う。「大人」であり、天才的な技術と才能を持つ彼に、「僕」は次第に惹かれていく。しかし、「僕」自身が抱える本質的な矛盾に、苦しみ出す。
「僕」は子供で、恐れを知らず飛ぶことがすべて、という純粋さを持っている。一方、大人というのは、恐怖を知る人だと思う。大切なものを失う恐怖、死の恐怖、に大人はおびえる。だから狡猾だったり、純粋さを失うのだろう。大人はまた甘えることを覚えてしまった人間でもある。子供は孤独だが大人は誰かに甘えることが出来る。一度でも恋人や友達に甘える事を覚えると、失うことを恐れ、その不在を心許なく思うものだ。
この作中で「僕」は決して泣かないが、この後の巻で泣く場面がある。大人にならざるを得なくなった「僕」は、泣くことのできる大人になった。子供は泣かない。甘えるという手段を知らないから。自分に泣くという許可が出来ないのだ。
同僚の女性パイロットが墜落し、群がる野次馬に僕が「可哀想なんかじゃない!」と叫ぶ場面がとても切なく、胸を締め付ける。
「戦うことは純粋で美しいという感覚を、子どもは持っている。スポーツが、そうでしょう。なのに大人は戦いは醜い、過ちだと決めつける」。
と、著者の森博嗣さんはインタビューで話している。と言って、これは戦争賛美の本ではない。むしろその虚しさが強く伝わってくる。
間違いなく森作品の最高傑作だと思う。ミステリほど売れてないけれど。本人も思い入れがあると仰っているし。一番作者の本質が表れている作品だ。
来年、押井守監督で映画公開されるが押井さんが恋愛を描くと言っているので、この巻は結構大きく使われると思う。若い人達に向けた、エンターテイメントを目指すらしいので難解になりすぎず、美しい映画になることを願う。
http://sky.crawlers.jp/
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TB:ナ・バ・テア / 森博嗣 あかねのたわごと☆本日記さん
軽々と重い「ナ・バ・テア」森博嗣 FRAGMENT



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