スカイ・クロラ 森博嗣
『スカイ・クロラ』 森博嗣
帯の言葉だけで、しびれた。こういうシャープな心に突き刺さる言葉を生み出すという点で森博嗣は私好みの作家だ。マイナーだ、マイナーだと言っておきながらこのスカイ・クロラは単行本では最高の増刷だそうである。
さてスカイ・クロラシリーズ第1弾にしてシリーズ最終章。時系列的には最後の話だ。
このスカイ・クロラシリーズは繰り返しの物語だと思う。繰り返される、生。繰り返す、死・・・。
*注意!!ネタバレあり。
帯の言葉だけで、しびれた。こういうシャープな心に突き刺さる言葉を生み出すという点で森博嗣は私好みの作家だ。マイナーだ、マイナーだと言っておきながらこのスカイ・クロラは単行本では最高の増刷だそうである。
さてスカイ・クロラシリーズ第1弾にしてシリーズ最終章。時系列的には最後の話だ。
このスカイ・クロラシリーズは繰り返しの物語だと思う。繰り返される、生。繰り返す、死・・・。
*注意!!ネタバレあり。
戦闘機のパイロットであるカンナミ・ユーヒチはとある基地に配属されたばかり。定期的に出動し偵察任務や、敵と遭遇すれば戦う。自分の前任者がなぜやめたのかを不思議に思いつつも、同僚の土岐野や、整備士の笹倉とうち解け、しだいにこの基地になじんでいくカンナミ。
その基地の中で、カンナミの上司、草薙水素は硬質な人物で、他のメンバの中でも異彩を放っていた。だが彼女はカンナミと同じく、キルドレと呼ばれる「子供」だった。
舞台は、第二次世界大戦後までは現実と同じだが、それ以降は科学の進歩の仕方が異なるパラレルワールド。特に医学、生物学が異様に進歩した設定のようだ。そして「戦争中」だがそれは、完全に企業が担っている、いわば完全民営化された戦争が行われている世界だ。この辺は現実ともリンクしている、のかもしれない、今思えば。。。最初に読んだのは5,6年前、か。書かれたのは7年前。森博嗣さんて、つくづく気が長くて先見性あるなあと思う。
市街地で血が流れることはなく、戦争法人のパイロットである「子供」たちが殺し合う。一般市民はそんな「戦争」のニュースを見て、自分たちの平和を確認する。また基地に社会見学に訪れたり、基地に子供を招いてイベント催される。つまり、この世界では、戦争とはそういう企業が行う業務に過ぎないと見なされているのだ。そしてパイロットたちも、淡々と職務をこなすだけ、そこにイデオロギーなどという湿り気は存在しない。
子供たちが戦う姿は、彼らの虚無感、虚しさがひしひしと伝わってくる。だが、その姿は美しい。戦争は悪いと言うのは簡単だ。だけど、そんなこと、彼らの命を代償にして平和を享受している一般市民がどの口をして言えるのだろうか。
永遠を生きるキルドレは、致命傷を負わない限り死なない。だけど、どんなに優秀なパイロットもある時ぽきりと折れたようにいってしまう。病気で死ぬのではない、誰かも殺してきたように誰かに殺されて死ぬ。キルドレであるカンナミは「理屈がさきにあって、その理屈で感情がある振りをする」非常に醒めた少年だが、その感情の表現方法は非常に共感する。私も「人生は演技だ」と思っている人間だから。
この『スカイ・クロラ』の引用文はサリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』から。この本の中に
「感情って何の役に立つのか分かんないんだ」「人はみな物には必ずどこかにおしまいがある思っているけど、それはそう思っているだけで、本当は違うんだ」
という台詞がある。『ナイン・ストーリーズ』を選ぶあたり、さすがというか。ほんとにこの『スカイ・クロラ』に共鳴している、素晴らしい引用だと思う。
この作品を執筆中、森さんはずっとダークな人格で、周りの人に「何かあったんですか」と聞かれる程だったそう。それもむべなるかな。確かにこの小説はずっと死を見つめている。鬱状態で壁を見つめるように。
この物語は、切ない、なんて言葉には入りきらないけれど、哀しい、切ない物語だ。結末は言えないけれど、それはとても、鮮やかで、美しい。
来年の映画化がとても楽しみ。特に空中戦。森さんのブログMORI LOG ACADEMYによると監督の押井守氏とトークショーをしたそうだ。作画は50%ほど出来ているそう。キャラデザインはやっぱり鶴田謙二風なんだろうか。
追記:ダヴィンチの森さんのインタビューで、森さんは重大なヒントを出されています。
この作品はデヴィッド・リンチ監督の「ロスト・ハイウェイ」を下敷きにしていると(確か構造的な意味で)。
ということは・・・。『クレイ・ドゥ・ザ・スカイ』での「僕」の謎・・・。
ちなみにデヴィッド・リンチ監督は「ロスト・ハイウェイ」についてO・J・シンプソン事件をヒントにしたんだと語っています。またO・J・シンプソンはあの殺人事件で、本当は自分がやったのに、その事実に耐えられなくて別の人格を作り上げそいつがやったんだと完全に思い込んでいる、二重人格だという説があります。
いかにも森さん好みですねー。真賀田四季もそういえば。
ま、ほんとのとこはわかりません。全然見当はずれかもwでも映画を見る前でも、見た後でもこのミステリィについて考えるのは、この作品の醍醐味でしょう。
2007年11月12日(月曜日)【HR】 押井氏とトークショー
映画スカイ・クロラ公式サイト
関連記事:『ナ・バ・テア』の感想
ダウン・ツ・ヘヴンの感想
フラッタ・リンツ・ライフの感想
TB:モンキーターンさん
ほんだらけさん
僕はまだ子供で、
ときどき、
右手が人を殺す。
その代わり、
誰かの右手が、
僕を殺してくれるだろう。

この新潮文庫の『ナイン・ストーリーズ』(J.D. サリンジャー)は私にとって永遠の一冊。
その基地の中で、カンナミの上司、草薙水素は硬質な人物で、他のメンバの中でも異彩を放っていた。だが彼女はカンナミと同じく、キルドレと呼ばれる「子供」だった。
舞台は、第二次世界大戦後までは現実と同じだが、それ以降は科学の進歩の仕方が異なるパラレルワールド。特に医学、生物学が異様に進歩した設定のようだ。そして「戦争中」だがそれは、完全に企業が担っている、いわば完全民営化された戦争が行われている世界だ。この辺は現実ともリンクしている、のかもしれない、今思えば。。。最初に読んだのは5,6年前、か。書かれたのは7年前。森博嗣さんて、つくづく気が長くて先見性あるなあと思う。
市街地で血が流れることはなく、戦争法人のパイロットである「子供」たちが殺し合う。一般市民はそんな「戦争」のニュースを見て、自分たちの平和を確認する。また基地に社会見学に訪れたり、基地に子供を招いてイベント催される。つまり、この世界では、戦争とはそういう企業が行う業務に過ぎないと見なされているのだ。そしてパイロットたちも、淡々と職務をこなすだけ、そこにイデオロギーなどという湿り気は存在しない。
子供たちが戦う姿は、彼らの虚無感、虚しさがひしひしと伝わってくる。だが、その姿は美しい。戦争は悪いと言うのは簡単だ。だけど、そんなこと、彼らの命を代償にして平和を享受している一般市民がどの口をして言えるのだろうか。
永遠を生きるキルドレは、致命傷を負わない限り死なない。だけど、どんなに優秀なパイロットもある時ぽきりと折れたようにいってしまう。病気で死ぬのではない、誰かも殺してきたように誰かに殺されて死ぬ。キルドレであるカンナミは「理屈がさきにあって、その理屈で感情がある振りをする」非常に醒めた少年だが、その感情の表現方法は非常に共感する。私も「人生は演技だ」と思っている人間だから。
この『スカイ・クロラ』の引用文はサリンジャーの『ナイン・ストーリーズ』から。この本の中に
「感情って何の役に立つのか分かんないんだ」「人はみな物には必ずどこかにおしまいがある思っているけど、それはそう思っているだけで、本当は違うんだ」
という台詞がある。『ナイン・ストーリーズ』を選ぶあたり、さすがというか。ほんとにこの『スカイ・クロラ』に共鳴している、素晴らしい引用だと思う。
この作品を執筆中、森さんはずっとダークな人格で、周りの人に「何かあったんですか」と聞かれる程だったそう。それもむべなるかな。確かにこの小説はずっと死を見つめている。鬱状態で壁を見つめるように。
この物語は、切ない、なんて言葉には入りきらないけれど、哀しい、切ない物語だ。結末は言えないけれど、それはとても、鮮やかで、美しい。
来年の映画化がとても楽しみ。特に空中戦。森さんのブログMORI LOG ACADEMYによると監督の押井守氏とトークショーをしたそうだ。作画は50%ほど出来ているそう。キャラデザインはやっぱり鶴田謙二風なんだろうか。
追記:ダヴィンチの森さんのインタビューで、森さんは重大なヒントを出されています。
この作品はデヴィッド・リンチ監督の「ロスト・ハイウェイ」を下敷きにしていると(確か構造的な意味で)。
ということは・・・。『クレイ・ドゥ・ザ・スカイ』での「僕」の謎・・・。
ちなみにデヴィッド・リンチ監督は「ロスト・ハイウェイ」についてO・J・シンプソン事件をヒントにしたんだと語っています。またO・J・シンプソンはあの殺人事件で、本当は自分がやったのに、その事実に耐えられなくて別の人格を作り上げそいつがやったんだと完全に思い込んでいる、二重人格だという説があります。
いかにも森さん好みですねー。真賀田四季もそういえば。
ま、ほんとのとこはわかりません。全然見当はずれかもwでも映画を見る前でも、見た後でもこのミステリィについて考えるのは、この作品の醍醐味でしょう。
2007年11月12日(月曜日)【HR】 押井氏とトークショー
映画スカイ・クロラ公式サイト
関連記事:『ナ・バ・テア』の感想
ダウン・ツ・ヘヴンの感想
フラッタ・リンツ・ライフの感想
TB:モンキーターンさん
ほんだらけさん
僕はまだ子供で、ときどき、
右手が人を殺す。
その代わり、
誰かの右手が、
僕を殺してくれるだろう。

この新潮文庫の『ナイン・ストーリーズ』(J.D. サリンジャー)は私にとって永遠の一冊。











