求めない、執着を捨てる、結構だと思う。その考え方は正しいだろう。だけどあなただって若い頃、散々「求めて」いた過去があったから、現在そういう境地に達している訳だろう、と著者に言いたくなる。なんだかずるい。大人が子供に自分の経験から訓辞を垂れているのと同じ。だけど実際痛い目見ないと解らないこともあるんじゃないかな。
ずるいと思うことはまだある。
例えば、餓死寸前の子供を目の前に
求めない―
すると
それでも案外生きてゆけると知る
なんて言えるのか。あるいはぎりぎりの生活をしている人達に。
要するにこれって「格差社会奨励本」なんじゃないか。
求めない―
すると
いまじゅうぶんに持っていると気づく
だから何も持っていない人達も我慢してね。ってこと?
なんだろうこれ。死ねってことかな(ニコニコ)あるいは人間やめろってこと?
まあ意地悪な見方をして、ものすごい誤読をしているんでしょう、私は。そうであって欲しい。
↑この画像のアマゾンのリンクは私のアソシエイトID抜いてあります。一応参考までにリンク貼りました。口直しに西原理恵子の『ぼくんち』を読みたくなった。
あと『ぼくの地球を守って』(日渡早紀)の紫苑のこの台詞を思い出した。
『正論』てやつはさ
時として人を追いつめるって思わないか
特にオレみたいに ひねくれてると太刀打ち出来ねえようなさ
でも それってズルかないか?
紫苑の台詞を思い出すってことはほんとに、ひねてくれてるんだろうな、私は。
TB:
ある編集者の気になるノート : 「求めない」と言い切る前に、僕はもう少し「求めたい」。