大晦日/おめでとう 川上弘美
おめでとう (新潮文庫)西暦三千年一月一日のわたしたちへのことば。
おめでとう、とあなたは言いました。おめでとう。まねして言いました。それからまた少しぎゅっとしました。忘れないでいよう、とあなたが言いました。何を、と聞きました。今のことを。今までのことを。これからのことを。あなたは言いました。忘れないのはむずかしいけれど、忘れないようにしようとわたしも思いました。
おめでとう、とあなたは言いました。おめでとう。まねして言いました。それからまた少しぎゅっとしました。忘れないでいよう、とあなたが言いました。何を、と聞きました。今のことを。今までのことを。これからのことを。あなたは言いました。忘れないのはむずかしいけれど、忘れないようにしようとわたしも思いました。
大晦日。年末年始は、形だけでも大反省&大宣言大会をしたくなりますね。
大晦日なんて錯覚だと言ったのは内田百間先生ですが、本当にその通り。明日になっても何も変わらない。いつものように今日が昨日に、明日が今日になるだけだ。
けれど、お正月のあの境目はなんなんだろう、確かにある、という気がする。というようなことを江國香織さんもエッセイで仰っていたのを思い出した。
年という単位で、日付が一からリスタート出来る、というのが人間にとって気休めになっている。何か新しいものに希望を見出し、気を紛らす。でないと生きていくのってしんどいもんね。ただ時間が加算されていくだけじゃあ。
そう、現実を生に見るのは、怖い事なのだと思う。何かフィルターをかけて見ないと現実は残酷過ぎる。というか生の物理的世界にフィルターをかけて適度な現実に仕立てているといった方がいいか。
なーんて気分の年末年始に読みたい小説が、川上弘美さんの『おめでとう』。
短編集なんですが、表題作の「おめでとう」という作品は元旦の朝日新聞(朝日じゃないかも)に掲載されたものです。時間と、夢と、現をたゆたう川上ワールドが堪能できる一冊です。
人との出会いにはいろいろな種類があるが、私はいつも恋の始まりに、終わり、を見てしまう。それは恐れるものでもあるが、終わりがあると知ることで、何故か安心する。この『おめでとう』で描かれる恋も、別れを予感させる物語だ。あれが二人にとってしあわせだったのかもしれないという、時間がある。その、何事も過ぎていくのだという悲しみが、心をぽっかりと照らす。でもそれは明るい悲しさだ、すがすがしいまでに。
想像するに、永遠に続くしあわせというものは、不安で、重たいだろう。だってあり得ないから。終わりが見えないまま、いつ終わるのか不安に苛まれる方が、きっと怖い。それにいつか自分がそのしあわせに飽き、疎ましく思う日が来るかも知れない。
タイムリミットがあるからこそ、安心できる。一年も終わりがあるからやっていけるのかもしれない。人生の本当の重みは見ていられないもの。
そう、現実を生に見るのは、怖い事なのだと思う。何かフィルターをかけて見ないと現実は残酷過ぎる。というか生の物理的世界にフィルターをかけて適度な現実に仕立てているといった方がいいか。
なーんて気分の年末年始に読みたい小説が、川上弘美さんの『おめでとう』。
短編集なんですが、表題作の「おめでとう」という作品は元旦の朝日新聞(朝日じゃないかも)に掲載されたものです。時間と、夢と、現をたゆたう川上ワールドが堪能できる一冊です。
人との出会いにはいろいろな種類があるが、私はいつも恋の始まりに、終わり、を見てしまう。それは恐れるものでもあるが、終わりがあると知ることで、何故か安心する。この『おめでとう』で描かれる恋も、別れを予感させる物語だ。あれが二人にとってしあわせだったのかもしれないという、時間がある。その、何事も過ぎていくのだという悲しみが、心をぽっかりと照らす。でもそれは明るい悲しさだ、すがすがしいまでに。
想像するに、永遠に続くしあわせというものは、不安で、重たいだろう。だってあり得ないから。終わりが見えないまま、いつ終わるのか不安に苛まれる方が、きっと怖い。それにいつか自分がそのしあわせに飽き、疎ましく思う日が来るかも知れない。
タイムリミットがあるからこそ、安心できる。一年も終わりがあるからやっていけるのかもしれない。人生の本当の重みは見ていられないもの。

















